こんにちは!
ヒロトです!
突然ですが、
古代オリエントについてどんな印象を持っていますか?
「民族が多すぎる、、、」
「関係図がよくわからない、、、」
このように思ったことはありませんか?
確かにものすごく複雑に絡み合っていますよね。
でも、一個一個丁寧に覚えていけばそのつながりも捉えやすくなります!
各民族の歴史を学び、少しずつ紐解いていけば、
あなたも古代オリエントマスターになれます!
今回はその中でメソポタミア文明について、そこに定着した民族の動向などと一緒にまとめました
古代メソポタミアはティグリス川とユーフラテス川に囲まれて、「肥沃な三角地帯」と呼ばれていていました。
つまり土地に養分が多いと言うことです。
中国文明のところでも書きましたが、川の近くは人が集まるポイントになります!
BC3100年頃、最初に定着した民族はシュメール人でした。
彼らは青銅器文明でした。
覚えておくことは、
・彼らが都市国家を形成したこと
・楔形文字を使ったこと
・ウル、ウルク、ラガッシュ、ジッグラトといった遺跡が発見されたこと
・神権政治を行なっていたこと
です!
BC24世紀〜23世紀、次に定住したのがアッカド人でした
彼らはセム系といわれる民族です。他にも度々でてくるので覚えておきましょう
彼らについて覚えることは1つしかありません
それは初めてメソポタミアを統一した
最初の統一王朝であることです
BC19世紀〜16世紀、その次に定着したのがアムル人です!
彼らもセム系です!
彼らは古バビロニア王国を建てました
そしてかの有名なハンムラビ王はこの王国の王様です!
ハンムラビ王はハンムラビ法典を作りました
これは世界三大法典の一つです
「目には目を、歯には歯を」で有名ですが、
実はこれある特徴があるんです
それは復讐法と身分差別法だということです
復讐法であることは知られていますが身分差別法であることはあまり知られていません
奴隷が主人の目をつぶしたら死刑になるのに対し
主人は奴隷を殺しても罰金で済む場合がありました
一応この実態も覚えておいてください!
彼らはヒッタイトという人たちに侵入され滅びます
インドヨーロッパ語族の台頭
セム語系以外にもインドヨーロッパ語族という
集団がいました
その中で、
BC18世紀〜12世紀の間、
ヒッタイト王国を建国します
そして古バビロニア(アムル人)を征服します
彼らが強かったのは鉄製武器を使えたからです
しかし彼らも海の民という人たちによって滅ぼされます
海の民の詳細はまだはっきりしていませんが当時の戦力は凄まじく色々な国が彼らの侵入によって影響されました
そのあとヒッタイトが小アジアを取ったのと同じくらいにメソポタミアに進出した人たちがいました
北部はミタンニ王国(BC18〜13世紀)が成立して、
南部はカッシート王国(BC16〜12世紀)が成立しました
まとめると
メソポタミア地域は
シュメール→アッカド→アムル(古バビロニア)→ヒッタイトに滅ぼされる
→ミタンニ(北部)カッシート(南部)
小アジアは
ヒッタイト→海の民
いかがでしたでしょうか?
今回はメソポタミアに限定してまとめました
古代オリエント世界はこのように細かく区切って覚えていき、最後に全体で関係図を完成させるのが理想的な勉強法です!
この記事を読んだあなたはもうメソポタミアマスターです!
次は古代エジプトについて書いていきます!
では!